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平成狸合戦ぽんぽこの最後のセリフ・姿を消したの意味は?バッドエンド・結末についても

2019/04/05
 
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1994年に公開されたジブリ作品「平成狸合戦ぽんぽこ」。

裏話や都市伝説などが飛び交う中気になるのはラストシーンのセリフ「姿を消したというのは・・・」という部分です。

ここには監督が伝えたかった思いやメッセージが込められていると推察されます。

この記事では平成狸合戦ぽんぽこの最後のセリフの意味やオチについてまとめてみました。

平成狸合戦ぽんぽこのぽん吉が放つ最後のセリフ・姿を消したの意味は?

最終的に変化できる狸は人間に化けて人間界で、変化できない狸は残された自然の中で暮らすこととなった狸たち。

そんな中変化できないぽん吉がわたしたち視聴者に向けてはなつ言葉。

これが印象的で考えさせられますよね。

テレビとかで開発が進んでキツネやタヌキが姿を消したって言うでしょ。

あれやめてもらえます?

そりゃ確かにキツネやタヌキは化けて姿を消せるのもいるけどでもウサギやイタチはどうなんですか?

自分で姿を消せます?

とっても意味深ですよね、このセリフ。

この言葉に込められた意味は「消したんじゃない。人間の手によって消されたんだ」ということではないでしょうか?

この作品のテーマの1つに環境問題、森林破壊に対する警告が込められています。

ニュースで絶滅や姿を確認できない生物を「姿を消した」というけど、そうじゃないでしょう。

人間が自然を破壊し、住む場所を奪われたんだ。

自発的に隠れたのではなくあなたたちに消されたんだ。

という強いメッセージが込められているものと思います。

今作では一部の狸やキツネが化けることで人間界で暮らしていますが現実はそうではないですし、ぽん吉が言うように姿を変える術をもっていないイタチやウサギは自分の意志で姿を消すなんてありえないですよね。

イタチやウサギも自然を破壊され姿を消すしかなかったんだ、こうして人間はたくさんの動物の犠牲のもとで生活して、そこに気付いてほしいということではないでしょうか。

劇中の非現実な部分とリアルを織り交ぜてジョークにしつつ核心をついた言葉で非常に考えさせられますね。

最後に緑豊かな田園風景の幻を見せた意味は?

狸たちが最後の力を振り絞ってかつての里山の姿、緑豊かな田園風景を見せた理由は何でしょうか?

狸たちにとってこれまでの変化術は多摩ニュータウン計画を阻止し自分たちの住処を守るためでしたよね。

しかしこの田園風景を見せる変化術は目的が違います

もう力があまり残ってない狸たちは気晴らしや遊び心で、懐かしい理想の風景を再現したのです。

人間には勝てないと悟ったとき、それは住処を守れないと理解したときでもあります。

そのため、ただただ自分たちが楽しむために変化術を使ったのでしょう。

しかしそれが思いもよらないことに、皮肉にも人間にとっても懐かしく思い出深い景色だったんですよね。

よっちゃんとかけよるおばさんもこの景色が化かされているとも知らず懐かしんで昔の自分の記憶をよみがえらせていますね。

結果的に人間は計画を少し変更し緑を少し残す方向となりました。

狸たちは緑の大切さを伝えようなんていう意思はなかったものと思いますが、人間の心に響いたということですね。

 

平成狸合戦ぽんぽこの結末はバッドエンド?

ジブリ作品においてバッドエンドの作品はあまりないですよね。

挙げるとしたら戦争を描いた「火垂るの墓」くらいではないでしょうか。

この平成狸合戦ぽんぽこは「人間と動物の共存」という部分に視点をおくとバッドエンドではないかと思います。

結末をまとめるとこうなります。

・一部の狸は宝船にのって死出の旅に行く

・狸たちの活動によって都市開発の一部に緑を残すことができたが山は破壊される

・変化できる狸は人間界で、できない狸は小さな里山で生きていく

物語の最中では人間との絶えないバトルが繰り広げられ、最終的に狸は負けてしまいます。

いい形での共存はできなかった、このあたりはバッドエンドだと思いました。

この作品が泣ける!傑作だ!と評価される一方で暗い、説教臭いとも評されており、ジブリの好きな作品ランキングでもいつも下の順位に留まっています。

その要因の1つもこのラストのオチがハッピーエンドじゃないというのも影響しているのではないでしょうか。

でもこの重たい題材をハッピーエンドにもっていこうとするとなかなかの難問です^^;

事実、環境破壊は今でも問題になっていますが、人間の行ってきた全てを悪としたらここまでの発展はなかったでしょうし今の生活は成り立っていませんよね。

バッドエンドにすることで、このバランスの難しさも含め考えるきっかけを与えてくれたということだと私は思います。

ただ視点を変えると必ずしもバッドエンドとは言えないのかなとも思います。

小さくなった自然の中で暮らす狸たちはその生活に悲観しているわけではなく、その変わった環境の中で楽しく暮らしています。

またその光景を見て人間に化けて生きていく選択をした狸たちも月夜の晩にはそこに加わって宴会を楽しみます。

変化する環境の中でもたくましく生きるということや、離れ離れになっても関係性は変わらないという絆を描いた面はとても素敵ですよね!

切なくもそれぞれが強く生きていく、ハッピーエンドとも言える作品であると思います。

そしてこれは私たち人間にも言えることで、絶えず変化していく人間関係や生活基盤の変化など変わっていく環境の中でいかに自分が生きやすく、適応して過ごしていくのか、その選択によってハッピーにもバッドにもなりうるということを伝えているのではないかなと思います。

考えれば考えるほど深いな・・・と考えさせられますね^^;

 

まとめ

平成狸合戦ぽんぽこのぽん吉の最後のセリフ・姿を消したの意味とオチはバッドエンドなのかについてまとめてみました。

・最後のセリフ姿を消したの意味は消したではなく人間によって消されたという意味

・オチはバッドエンドだがそれによって作品の深みが増しメッセージを強く訴えかけている

最後までお読みいただきありがとうございました!

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